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2018.09.11

猫で腎臓病が多発する原因を解明?!AIMタンパクとは?

猫で腎臓病が多発する原因を解明?!AIMタンパクとは?

腎臓の機能低下におちいりやすい猫。時には、腎臓の機能不全で命を落としてしまうことも。
でも、どうして猫って慢性腎臓病に罹りやすいの?
そのメカニズムは今まで不明でしたが、近年の研究ではある仮説が有力視されているらしい。
そして、その仮説を元に開発される薬が猫を慢性腎臓病から救うかもしれない!
それって本当!?若手獣医師のDr.マイに詳細を調査してもらいました。

猫と暮らしているみなさんなら、一度は聞いたことのある病気、慢性腎臓病…。一度なってしまうと治ることのない病気として、よく知られていますよね。そんな腎臓病、高齢猫の3頭に1頭で見られるとされていて、他の生物に比べると猫で明らかに多い病気なんです。(たとえば犬では高齢でも10頭に1頭と言われています。)

この腎臓病がなぜ猫で多いのか、いろんな説がありました。

よく原因として挙げられていたのが、家猫の祖先であるとされているリビアヤマネコの習性。彼らは砂漠で暮らしていたため、少ない飲水量で生活することに慣れています。この飲水量の少なさによって、腎臓に負担がかかりやすいのではないか、なんて言われていました。

そんな中、2016年の7月に東京大学医学部の研究チームが、猫がなぜ腎臓病になりやすいのか、原因の一つを解明したと、論文を発表して話題になりました。

その内容が、「猫のAIMタンパクが他の生物種と異なっているからではないか」といったものだったのです。

このAIMタンパクって一体なんなの?
このタンパクと腎臓病の関わりって?
そしてこの発見は、腎臓病の治療にはつながるの?

そんな疑問を中心に、今回はAIMタンパクについて詳しく解説してみました。

AIMタンパク自体が発見されたのは1999年。今回の発見は、実は新しい物質が見つかったわけではなくて、もともと知られていたタンパク質に関する新たな機能のお話なんです。

このAIMタンパク、正式名称は「Apoptosis Inhibitor of Macrophage(アポトーシス・インヒビター・マクロファージ・タンパク)と呼びます。ひとつひとつ、単語の意味を見ていきましょう。

まず、アポトーシス。これは、細胞自ら死ぬ現象を指します。いわば、細胞の自滅のこと。細胞自身が自分の役割を終えたな、と感じた時や、存在自体が不要になったと認識した際、自然と消滅するように細胞に組み込まれている機構です。このアポトーシス現象は日々、わたしたちや猫たちの体内で行われています。こうやっていらない細胞はいなくなっていくわけです。

次に、インヒビター。これは英語で、抑制するもの、という意味です。

そして最後にマクロファージ。これは免疫細胞の一種で、体内に侵入してきた異物を食べるなど、免疫反応の中心を担っている細胞になります。

アポトーシス・インヒビター・マクロファージ・タンパク…繋げると「マクロファージ細胞の自滅を抑制するタンパク質」という意味になります。

このAIMタンパクは、ふだんは体内に入ってきた異物を排除する働きのある「IgM」という物質と結合して血液中に存在しています。

最初に発見されたのがこのマクロファージの自滅抑制機能だったため、AIMタンパク、と名付けられましたが、他にも肥満になりにくくしたり、脂肪肝になるのを防いだり、後から様々な働きをすることが分かってきました。

(肥満になりにくい…現代のわたしたちにとってはなんとも魅力的な響きですよね。AIMタンパクが適切にあると肥満になりにくいとされているわけですが、実はこのAIMタンパクの量は人では食生活に大きく依存するとされています。そしてなんと、納豆を食べると量が安定する、という報告があるんです。明日から納豆食べたくなりますね。)

AIMタンパクがIgMとくっついている理由は定かではありませんが、おそらく、IgMがさまざまな免疫反応に気づきやすい性質を持っているため、それと一緒に行動をすることで、体内の異常にいち早く反応することができるからではないかなと考えられます。

AIMタンパクの発見から17年。2016年に、AIMタンパクの働きが、マウスとヒトの急性腎臓病の予防に大きく関わることが発見されました。

急性腎臓病とは、腎臓に急激な傷害が起きて、腎臓の機能が一時的に下がる病気です。この時、腎臓の中にある尿の通り道に傷害を受けた細胞の死骸が詰まることが、腎臓の機能低下を引き起こすとされています。そしてこの機能低下が続くと、慢性腎臓病に移行していきます。

AIMタンパクは、先ほどお話した通り、ふだんは、IgMという抗体とくっついて、血液中に存在し、体の中を回遊しています。このIgM、とっても大きな物質のため、AIMタンパクは血管を出ることができず、常に血液の中に浮遊しています

しかし、腎臓で何かしらの傷害が起きた時、信号を受け取ったAIMタンパクは、血管から出るためにくっついていたIgMから離れて小さくなり、腎臓内に入っていくことが分かりました。そして、尿の通り道に入り込んできて、傷害を受けた細胞の死骸を掃除する指示をだしていることが分かったのです。

この細胞の死骸のお掃除が十分にできなかった時、腎臓病が発症するため、AIMタンパクの働き次第で、腎臓病になるかならないかが決まることになります。

この報告から1年後の2017年。今度は猫において、このAIMタンパクがおかしな動きをすることが分かりました。これが今回注目されている発見です。

腎臓に傷害が起きた時、ヒトやマウスではAIMタンパクが尿の通り道で働いて、細胞の死骸を掃除してくれているわけですが、なんと猫では、腎臓に傷害が起きても、このAIMタンパクが尿の通り道に現れないことが分かったのです…!

猫の血液中のAIMタンパクの量を測定してみると、量自体は十分に存在していることが分かりました。では、なぜ尿の通り道に現れてくれないのか…。

詳しく調べて見ると、ふだんは大きな物質であるIgMとくっついているAIMタンパク、このくっつきの力が、ヒトやマウスと比べて、猫ではなんと1000倍もあることが分かったんです。なので、ちょっとやそっとじゃ、IgMとAIMタンパクが離れないわけです。そのためAIMタンパクは血管から外に出ることができず、腎臓での細胞の死骸のお掃除ができないのです。

これはなにを意味するかというと、ちょっとした腎臓への傷害が、猫ではすぐに腎臓病として発症してしまう、ことを指します。

ヒトやマウスではAIMタンパクのお掃除機能によってすぐに復活する腎臓が、猫ではお掃除されずに放っておかれてしまうため、すぐにだめになってしまうわけです。

これが、猫で腎臓病が多発する原因の一つだ、と発表されたのです。

このAIMタンパク、体外で作成したものを体内に注射すると、腎臓でのお掃除機能が強くなり、腎臓病になりにくくなる、ということも分かっています。

つまり、猫でも、尿の通り道に入る大きさのAIMタンパクを薬として体内に注射すれば、腎臓での働きが期待でき、腎臓病から修復してくれるかもしれないのです。

そのためこのAIMタンパクを製剤化し、猫の腎臓病の治療として使用しようとする動きがすでに始まっています。現在は、AIMタンパク製剤の使用データ集めが行われており、実用化ははやければ数年以内と言われています。

この薬がでてきたら、猫の寿命を伸ばすことが可能になるかもしれません。そんな、とっても夢のある、お話なんです。

猫の大敵、腎臓病…今回は、これに対抗する武器が見つかったかもしれないというお話でしたが、まだこの治療法が市場には出回っていないいまも、わたしたちは猫の腎臓病と戦わなければなりません。一度なったら治らない腎臓病、一番大事なのは、いち早く気づくこと。健康診断には必ず行くこと、また自宅での尿の様子や飲水量の確認、ご飯の食いつきや体重などには常に気を配っていてあげること、変わらずに徹底していきたいですね。

■ 獣医師「庄野舞」経歴

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東京大学 農学部獣医学科卒業。
東京大学付属動物医療センターにて、血液腫瘍科、神経内分泌科、消化器内科で従事。
たくさんのペットの生死を見てきて、共に戦った飼い主さんが最終的に願うのは「食べさせてあげたい」という思いであることに気づく。
現在は、病気予防のふだんの食事のこと~漢方、植物療法の世界の探求に励む。はじめの一歩に漢方茶マイスターを取得。
得意分野は、犬猫の血液腫瘍と回虫。
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